レーシックで老眼も治療可能

レーシックというのは、目の表面の角膜の形を専用のレーザーを使い矯正していき、そして光の屈折の具合を調節していきます。
ですので遠視でも近視でも、レーシック手術をすることで、元に戻すことが出来てしまうのです。

 

老眼はつまり遠視という状態となっているので、それは近視と同様にレーシックの手術で治療させることが可能です。
つまり遠視で悩みを抱えている人は、信頼することの出来るレーシックのクリニックで相談をしてみることをオススメします。
老眼というのは、一度その症状が進行をしてしまうと、二度と元には戻ることはないと思っている人が大勢います。
しかし老眼というのはレーシック手術を受けることによって元通りの視力に回復をさせることが出来るのです。 ここ最近になってレーシックと呼ばれる視力回復手術が話題となっており、多くの人が実際に視力を回復されています。
まだ新しい医療のレーシックですが、その成功率は非常に高く、続々と喜びの声が報告されているのです。



レーシックで老眼も治療可能ブログ:20210410

終戦直後、
わたしたち一家は、谷中の3軒長屋で暮らしていた。

詳しく言えば、
母と姉とわたしの3人で、
パパは南方戦線からまだ戻っていなかった。

当時の7時食は、
どの家もたいてい芋粥だった。

お粥の部分は姉とわたしが食べ、
母はいつもサツマイモの部分を拾って食べていた。

まだ小さかったわたしは、
母はサツマイモが好きなのだと思っていた。

そして14時のご馳走は焼芋である。
外でチャンバラごっこをしていたわたしは、
今まさに新撰組と切り結んでいる最中に、
「やきいもー」という焼芋屋の声がする。

そうなるともう新撰組もない。
わたしはあわてて家に駆け込み、
無駄でも「焼芋買ってくれ!」と母に頼むのであった。

サツマイモばかり食べている毎日なのに、
なんでまた焼芋かと言えば、
わたしたちが普段食べていたサツマイモは
「タイハク」とかいう水っぽいものなのだが、
焼芋屋の芋はホントに美味い「キントキ」だったのである。

そんなわけで、
姉とわたしはたまに焼芋にありつけるのだが、
母は決して焼芋を食べることはなかった。

いつも「焼芋は胸が焼ける」「今日は食欲不振」と言って、
焼芋にかぶりつくわたしたちを見てただ笑っているだけであった。

しばらくすると、
お米もちゃんと配給になり、
菓子パンだって何時間も並べば買えるようになった。

やがて、パパも南方戦線から帰って来て
わたしたちは長屋を引っ越し、サツマイモなど長屋時代の思い出は
遥か遠いものとなっていった。

姉とわたしにお粥を食べさせようとして、
自分はサツマイモの部分を食べていた母。

そのくせ、お金がないためか自分だけ焼芋を食べなかった母。
母は一体、サツマイモが好きだったのか嫌いだったのか…

今年の中秋の名月の日には、
母の仏前に焼芋でも供えようかとわたしは思う。

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